第12話 時の冒険
気がつくと辺りは暗闇の洞窟に戻っていたのでした。
ダルマパーランの死に続いて三択老師まで亡くした彼の心を現すかのように。 でも、今、ダルマパーランと三択老師が微笑みながら光の中に溶けていく様子をみていた彼は、死んでしまうことが以前ほどは怖く感じられませんでした。 むしろ、あの光の中に溶けこんでみたい。 あの光に溶け込んでしまえたなら 今の苦しみや悲しみなんかとは関係のない それどころか自分がどこの誰かすら関係のない本当の姿が見えるような気がしたのです。 「もう一度あの光に包まれたい・・・。」 彼がそうつぶやいた時 暗闇の中に小さな小さな光の点が現れ やがてみるみる大きな光に包まれたのでした。 彼は光に包まれた心地よさにすやすやと眠りについたのでした。
やがて眼を醒ますと・・・
目をさました時・・・ 彼はインドのお坊様でした。
先日以来の長雨で旅の足を止め、恩師や仲間たちと一緒に 建物の中で修行をしていた時、恩師は急にお腹を痛められ 見ているのも恐ろしいほどの苦しみようでした。 その後、お体は回復されましたが、長い間旅をともにしている。 彼には恩師の体がいつもと違うことに気付いていました。 ある夜、恩師は皆が寝静まった後、誰かと話をされているようでした。 彼は気になってのぞいてみると恩師の前に、悪魔が近寄っているのです。
彼は、恐ろしさに声も出ませんでした。 「世尊よ、あなたの体は弱っている。あなたは、もう全てのことを お悟りになられたのだから生きることにこだわる必要はないのではありませんか?」 悪魔が恩師に問いかけると 「心配するな、お前のいうことは分かっている!私は後、三ヶ月したら死を迎えるであろう。だから、安心して立ち去るがよい。」 そうお答えになりました。 悪魔はこれを聞くとほくそ笑んでその場から姿を消したのでした。
恩師が亡くなってしまう!彼はどうしようもない不安に襲われたのでした。
恩師がいなくなった時、自分は何をたよりに生きて行くべきなのか?
恩師は、後三ヶ月でなくなることを知りながらもいつも通り旅を続けておられる、大丈夫なのだろうか?
不安で不安でしかたなくなった彼は 恩師の前に進み、質問をしました。
「世尊よ、近頃お体のご様子が良くないようにお見受けしました。 もし、世尊がなくなられたら私は何を支えに、誰を支えに生きて行けば良いのでしょうか?」
世尊は静かにほほえまれ、
「アーナンダよ、お前はすべてのものには真理といって永遠に変わらない理屈があることを知っているだろう。その真理にしたがって生きればよい。 そして、この世で一番頼るべき人間はお前自身じゃ。たよれる様な自分自身になるために心を研き、正しい生活を行うがよい」
とお答えになられたのでした。
その後も恩師と仲間達との旅は続きました。
お体の弱っている恩師の姿を見るのはつらいことでしたが それでも彼は一所懸命、看病をしながら旅をともにしたのでした。
クシナガラという村に着いた時にはお体の具合もかなり悪い様子でした。
この村の果樹園で恩師と仲間達一行が休息をしていると、この村に住むチュンダという恩師の弟子が 「どうか恩師のお体が良くなりますように」 と沢山の体によい料理を作って運んできてくれたのでした。
チュンダの供養を頂く事になったのですが、実はその料理の中に豚が好んで食べる貴重で体にもよいキノコが含まれていたのです。
そのキノコが腐っていたことをチュンダを始め我々も誰一人気付かなかったのです。 食事が始まると恩師は 「そのキノコを全て私にくれ。」 といい、他の物には一切手をお出しになりませんでした。
翌日、恩師は中毒で苦しまれていたのですが、そのことを我々には知らさず旅を続けられました。
クシナガラを流れる河のほとりまで来られた時、とうとう恩師は苦痛に倒れてしまわれたのです。 恩師は彼をお呼びになると
「アーナンダよ、そこの2本のサーラ樹の間に床を敷き私を横にさせてくれ。」 と仰せになられました。
彼はふと気付き 「恩師、昨日のキノコが原因では?」 と尋ねると
「アーナンダよ、誰かがきっとチュンダが差し出したキノコのせいで私が苦しんだというだろう。けれど、それは決して違う!彼が施してくれた食べ物は尊い物だ。私はスジャータという娘が施した乳がゆで悟りを開いた。そして今、チュンダが施してくれたキノコによって私は永遠の世界へと旅立つのだ。」
とお答えになられたのです。
そして集まってきた一同に向かって、
「お前達は、もう師の教えを聞くことはない、もう師はいないのだ、そう思うかもしれない。しかし、それは違う。今まで説き教えた内容、生き方、それはお前 達の心の中で生きそしていつまでも伝えられていくものだ。いつも私が言った言葉をもう一度思い出してみるがよい。 全てのものはいつか滅びる。真理は永遠であり全ての人のためにある。」
とお説きになられて光に包まれていつしか消えておられたのです。
彼は長い間、悲しみ、嘆き、苦しみました。 そして先輩であるアーヌルッダから、励まされたのでした。
「アーナンダ、お前は恩師からしっかりとした頼れる自分を築けといわれたのだろう。 嘆いてばかりおらずに、自分が出来る事、それが何か?考えてみろ。」
思い出してみると長い長い年月、誰よりも恩師のそばにいて教えを聞いてきたのでした。
しかし、先輩や同僚達も悟りの境地に入っているのに自分だけがいつまでも悟れずに悶々としている。 ああ、情けない!そう思うと余計に心は乱れてしまうのでした。
大長老のマハーカーシャパは彼が一番沢山、恩師の教えを聞いていることに気付かれていたので なんとか彼にも悟りを気付かせ、知っていることをしゃべってもらい言い伝えていこうと彼に指導し続けました。
彼は涙しながら、修行し、瞑想しました。 苦しんで悩み続けました。
そして、もう心も体も限界という所まできて床に倒れ込んだ時 頭の中に恩師の言葉がよぎったのです。
「私が今までに説き教えた内容は お前の心の中で生きている。」
そう思った時、 「そうか、仏様の仰せの通りに生きればよいのだ!仏様の言葉を信じる!これしかないんだ!」 と気付いたのでした。
その途端、彼の心は軽くなり迷いのない境地に入ったのでした。 そして真実の光に包まれるように眠りについたのでした。
やがて、目を覚ますと・・・