12 チュラパンタカ
心清らかに努める人 周利槃特(しゅりはんどく)尊者
昔、ブッダ(釈尊)在世の頃、マハーパンタカと、チュラパンタカという兄弟がいました。 二人は時を同じくして、ブッダの弟子となりました。 兄のマハーパンタカは頭脳優秀であり、時早くして覚りをえて、聖者の位に達した優れた弟子の一人となりましたが、弟のチュラパンタカは、物覚えが悪く、ブッダの説法を聞いても、その教えの意味どころか、教えの言葉の一つさえ満足に憶えることが出来ませんでした。
「おいおい、あのパンタカ兄弟は、兄は優れ者だが、弟は、なんだ、自分の名前さえ満足に言えないというぞ」
「あんなのがいちゃあ、自分達の足手纏いになるなあ」
「まったくだ」 と、仲間の弟子達はチュラパンタカを貶していたのです。
そんな弟をみかねた兄のマハーパンタカは、
「弟よ、そんな有様では、お前は到底さとりを得るどころか、教え一つさえ 満足に理解出来ないだろう。どうだ、お前は修行をあきらめ、家に帰り、父母に孝養を尽くした方が よいのではないだろうか。」 兄にそう言われた チュラパンタカは 沈んだ表情を見せ、
「アニキがそういうなら、おいら帰るよ」
と言って、僧房にある 自分の荷物をまとめて、郷里に帰ろうと決意し、最後に ブッダに挨拶をしていこうと、ブッダのいらっしゃる部屋に行きました。
「おお、チュラパンタカではないか、どうしたというのだね、荷物など持って」
ブッダの部屋に入ると、師匠は笑顔で チュラパンタカを迎えました。
「お師匠さま、私は先にも、お師匠さまから 直々に教えられた 四句の言葉を 半年かかっても憶えられませんでした。このような愚かで 物覚えの悪い私がいては、皆さまに迷惑をかけてしまうと思い、郷里に帰ろうと、今日 最後の挨拶に伺ったのです」
ブッダは、チュラパンタカの 悲壮感あふれる言葉に 頷きながら、微笑みました。 そして、
「チュラパンタカよ、あなたは、明日から箒を一つ持って、この精舎のまわりを掃き清めなさい。そして、清めたまえ、掃いたまえ、という言葉を出しながら掃きなさい」
「箒一本で、清めたまえ、掃いたまえ、ですか?」
「うむ。それだけでよい。どうだ、それでも郷里に帰る気持ちは変わらないか?」
「いえ、お師匠さま、ぜひ、明日から毎日やらせていただきます。」 チュラパンタカは、ブッダに向かって 何度も頭を下げました。そして、その目には 涙が輝いていました。
チュラパンタカは、早速 次の日の朝から 箒を持って掃除を始めました。「清めたまえ、掃いたまえ」という言葉を 呟きながら。 その様子を見ていた 仲間達は、
「とうとう、チュラパンタカのやつ、何も憶えられないから 掃除だけするようになったのか。」
「何かブツブツ言ってるよ。まあ、そのうち、嫌になって辞めるんじゃないか?」 と、言っていました。
何日も何日も、無心に、ただ、精舎を綺麗にしたいという 気持ちだけを大切にして 掃除をしていたチュラパンタカに 変化がありました。 その兆候を、長老の一人が 耳にしました。チュラパンタカがいつも呟いている言葉が 変わっていたのです。長老はその言葉に 耳を澄ませました。 「六根清浄、六根清浄・・・ろっこんしょうじょう」 ※ろっこん 人の具える五つの感覚(眼・耳・鼻・舌・身)と意識の根本
と、チュラパンタカは 呟いていたのです。その言葉を聞いた長老は、早速ブッダに報告しました。すると、ブッダは わがことのように喜び、にっこりと微笑みました。
「ついに、あのチュラパンタカも アルハット(阿羅漢・あらかん・敬われる者)となった。今、彼の心の中は 澄みきった鏡のように美しく、汚れたものの欠片も無いだろう。彼が掃いていたのは、庭の葉だけにあらず、わが心を清らかに掃ききよめていたのだ。」
教え一つも 満足に憶えられず、愚か者と 謗られながら、ブッダから言いつけられた 一つの事に集中し、庭の掃除から、いつしか自分自身の 心の穢れを落とすことに気付いた チュラパンタカ。
人の心も、庭の塵と同じく、掃き清めなければ、汚れは積もる一方です。日々の暮らしの中で、その汚れを 掃き清めなくてはいけないことに気付いた チュラパンタカは、難しい言葉を憶えることなく、その身をもって 覚りをえることができたのです。
人皆仏となれる器にして 知識ある者も、愚鈍な者も択ばず ひとつ 心清らかに生きること それこそが 釈尊が導く尊い道