5 アヌルッダ
天眼第一のアヌルッダ尊者
天眼とは、何でも見通せる眼のことです。心の眼を持つ人。 アヌルッダ尊者はどのような行いでそのような眼を持つに至ったのでしょうか。
天眼第一の アヌルッダは ブッダのいとこにして 釈迦族の良家の子息 慈母を説得して 七人の仲間とともに ブッダの懐にいりたもう
ここに登場するアヌルッダは、おしゃかさまと同じカピラバァストウの人です。 おしゃかさまのお父様の弟君の子供、つまりおしゃかさまの従兄弟だと言われています。
先にウパーリの頁で話しましたが、おしゃかさまが悟りをえて、その名声が方々へ聞こえ、郷里のカピラバァストウへ立ち寄られた後、隣村にいるところを、釈迦族の七人の若者達が追い掛け、おしゃかさまの弟子になります。
その仲間のリーダー役はアヌルッダでしたが、家のお兄さんにも出家をすすめますが、どちらかが家を継がなければ、家が絶えてしまいます。相談した結果、お兄さんは家を継ぎ、アヌルッダが出家をすることにしました。 ところが、その話はお母さんの猛反対にあいました。
「私にとっては、マハーナーマ(お兄さんの名前)も、アヌルッダも、大切な子供です。そのどちらをも失くすことはできませんよ。いいですか、私は絶対子供たちの出家には反対です」
ですが、どうしても、おしゃかさまの弟子になりたいアヌルッダはお母さんに食い下がります。
「僕は絶対に出家すると心に誓ったんだ。僕は釈迦族の勇士の一人として、ブッダの許に参り、その尊い教えを学びたいのです」
駄目です、いや出家する、のやりとりが続きました。そして、とうとう、お母さんが折れました。
ヴァッディヤは、アヌルッダの親友で、釈迦族の執政官でした。王様の右腕とも言える重要な職務に就く者ですから、よもや出家など無理だろうというのがお母さんの考えでした。変な例えですが、現職の総理大臣が出家するようなものです。
でも、アヌルッダは諦めませんでした。
早速、ヴァッディヤを訪ねたのです。
ヴァッディヤも、釈迦族の聖者、ブッダ・ゴータマの名は知っていて、いずれは出家の意志を持ってはいました。
「アヌルッダよ、君の強い気持ちは良くわかった。でも、私の今の職務ゆえ、どうか、あと七年待ってほしい」
「友よ、七年も私は待てないよ」
「・・・・」
ここに、アヌルッダをリーダーとして、釈迦族の逸材の七人がおしゃかさまのもとに参じたのです。
ある日
アヌルッダは
ブッダの説法中に
惰眠を貪りて
ブッダは
アヌルッダを部屋に呼び
諭されん
以来
アヌルッダは
不眠不臥の誓いを立てたまい...
医師のジーヴァカ
睡眠を薦めるも
アヌルッダは
頑として聞かず
時が過ぎ
いよいよ
眼の光をうしなわん
と そのとき
アヌルッダの心の眼が
開きて
見えなきものを見る
天眼第一の人となり
お母さんを説得して、おしゃかさまの弟子となったアヌルッダでしたが、ある日、修行中のことでした。
おしゃかさまが、マガダ国の舎衛城(サーヴァッティー)の郊外、ジェーダ林の精舎(祇園精舎・ぎおんしょうじゃ)にいらして、多くの聴衆の前で説法をされているときでした。
あろうことか、その大勢の人の前でアヌルッダは居眠りをしてしまったのです。
おしゃかさまは、そのアヌルッダの姿を見て、
「智者も、聖者の説法を聞きて、法悦にひたり、心地よく眠る。それもまた良いものではないか」
と、アヌルッダをかばう言葉を発したのですが、聴衆たちは、アヌルッダを見て互いに笑っている者もいました。 説法の座が終わった後、おしゃかさまは、部屋にアヌルッダを呼び、諭されました。
「アヌルッダよ、そなたは釈迦族の良家の子にして、出家の意志固く私のもとに来た者でありながら、今日の姿はいかがしたものであろうか」
アヌルッダはうなだれたまま黙っていましたが、何か意を決したのか、立ち上がり、そして、身体を折り、頭を地につけ、おしゃかさまを拝し、言いました。
「世尊よ、私は今日ただいまから、不眠不臥の誓いをたて、何があろうとも、世尊の前では眠らず、横にもなりません」
この日の不甲斐なさを猛省しての、アヌルッダの不眠不臥の誓いでした。何日も、何年も、アヌルッダは目を閉じず、横にもなりませんでした。ところが、人間は眠ることによって命を維持しているのです。それを断つということは、いかに苦しい修行でありましょうか。想像するだけでも辛くなります。
その修行を続けているうち、いよいよアヌルッダの目は光を失う病をえました。
そんなアヌルッダを心配したおしゃかさまは、名医のジーヴァカに診察を依頼しました。
「この眼の病が治るには、寝ていただくほかありません」
というのが、ジーヴァカの診断結果でした。そして、苦行を離れ、中道を説く、おしゃかさまは、アヌルッダに言いました。
「アヌルッダよ、怠けることも良くないが、酷苦も避けなくてはならない。中道を歩むべきだと私はいつも説いているではないか、アヌルッダよ、私たちは睡眠によって命を維持するものである。どうか眠ってほしい」
「世尊よ、私は世尊の前で立てた誓いを破ることは出来ません」
そして、自分の立てた誓いを守りとおしたアヌルッダの目から光は失われたのですが、その時、アヌルッダには心の眼が開けたのです。天眼の獲得でした。
それから幾年か過ぎたある日のことです。こんな事がありました。 アヌルッダが、衣の繕いをしようとしたとき、針の穴に糸が通せずに困っていました。そこで、アヌルッダは心の中で念じました。
「ここにいる聖者達のなかで、誰ぞ、わがためにこの針に糸を通して、功徳を積む者はいないだろうか」
「さあ、私に糸をかしなさい。針の穴に糸とおしてあげよう」
アヌルッダの念じた声を聞いて、そばに見えたのは、おしゃかさまでした。アヌルッダは驚き、
「世尊、私は、わがためにこの針に糸を通して、功徳を積み、幸いを求めんとする聖者に呼びかけたのです。おそれおおくも、世尊は既に最高の境地にある方ではありませんか」
「アヌルッダよ、幸福を求めようとする心は、私も誰にも負けないのだよ。どうか、私にも功徳を積ませてくれないか」
おしゃかさまであっても、功徳を積み、幸いを求める気持ちは私達と同じだと言われたのです。 アヌルッダは、おしゃかさまに針と糸を渡しました。 そして、その目から一筋の涙が頬を伝わりました。
アヌルッダに詰め寄られ、七年が六年、六年が五年となり、とうとう、
「では、七日待ってほしい」
「うむ、七日くらいなら待てる。七日のちに一緒に出家しよう」
と、アヌルッダの強い気持ちは、時の大臣ヴァッディヤをも口説いてしまったのです。