第8話 判断の基準
なんだか訳の解らぬまま、僕は三択老師の元で修行することになりました。
あの真っ暗な所は老師様が瞑想なさったりお弟子様達に教えを説くための洞穴でした。
心の中にあるこだわりや隔たりを取り除く場所で、心の扉を取り除くということで『戸取ろうの岩屋』と言うんですが、皆言いにくいので『トトロの岩屋』と呼んでいます。
陰気な場所なんで誰が言ったのか、夜な夜な巨大な狸の化け物が出るなんて噂も・・・ って、これって日本で流行った『隣のトトロ』のパクリじゃんと思ってたんですが...どうやら全く関係なさそうだということが分かってきました。
岩屋の近くに老師のお寺、三択寺が山中にあって、普段はそこで生活してるんですが、この間老師について街へ法事に出掛けたんです。
山を下って行く途中に、すっごく高い山が見えました。
僕の住んでたインドは平野ばかりで高い山なんかなかったんで、なんとも言えないんすが...でもかなり高いってことは確かだと思います。
三択寺の辺りではもう木々に花が咲き、蝶々が飛んでるんですが、その山にはまだ雪が積もってるんです。
ちょうど白い帽子を被ったみたい。
最初、僕はヒマラヤかと思って老師様に聞いてみました。
そしたら老師が
「ヒマーラヤとは雪の蔵という意味なんじゃろ。あの程度の雪で蔵とは言えんじゃろ。
あの山はこの島に二つとない高い山じゃからフニと呼ばれておった。ところがいつしか人々は死なない山、不死の山と呼ぶようになったのじゃ。」
「え?それって聞いたことあるぞ!
老師様、ひょっとしてそれってフジヤマですか?」
「そうじゃよ、なんだ、知っておるのか?」
「ええ、ダルマパーラン師匠がいってました。フジヤマ・ホンダ・芸者ガール・ソニー・サムライ!日本ですよね?ここって日本なんですね!」
「ああ、そうじゃよ。ただし、江戸時代だからまだホンダやソニーなどは生まれちゃおらんがな。」
「え、江戸時代?じゃあ僕って場所だけじゃなく時間も移動しちゃってるわけですか?嘘でしょ!?」
「うーん、どうもおぬしは理解力がたらんようじゃな。よし、一度お前の知恵を試してみるか。 お前は何を頼りに物事を判断するのか次の三つから選べ!」
「①師匠から習った言葉通りに物事を判断する。 ②多数決で多い方にする。 ③自分の思いに従う。さあ、どれじゃ?」
「さて皆は何番を選んだかな?」
「老師様、そりゃなんと言っても①ですよ!師匠の言葉を頼りに生きる、これが弟子のあるべき姿だと思うんです。 」
「うーん、さすがじゃ!褒美に心の迷いが一瞬にして消える方法を教えてやろう。」
「え、本当ですか?どうすればいいんです?」
「先ず台所へ行って酢を取って来い。。」
「はい!・・・取ってきました!」
「よし、ではその酢をこの皿に入れろ」
「入れました!」
「よし!では皿を鼻の所へ持って行って鼻の穴へ全部注げ!」
「げぇっ!そんなの無茶ですよだいたいこんなことして何の意味があるんですか?」
「言ったじゃろ、心の迷いが一瞬にして消えると。」
「嘘に決まってます!こんなことしたって心の問題が解決出来るはずがない!違いますか!」
「その通り、こんなことでは心の迷いをどうすることも出来ん。」
「やっぱり嘘じゃないですか!」
「そうじゃ、しかしお前がさっき言った師匠の言葉に従うと言ったのは本当じゃないのか?ならば鼻で酢を飲むか?」
「いや、それは・・・」
「つまり師匠の教えであろうと最終的にはおのれの心に判断を委ねておるんじゃろ。」「・・・。」
「昔、お釈迦様の弟子にアングリマーラという男がおったんじゃが、この男はお釈迦様の弟子になる前、バラモンの師匠に仕えておったんじゃ。
ところがそのバラモンがひどい奴でアングリマーラにとんでもない嘘を教えよった。」
「とんでもないって?」
「誰でもよいから百人の人を殺してその人の指を切り取りひもを通して首飾りにしろ、それが出来たらお前は一人前のバラモンになれる!とな。」
「ええっ!何てこと!じゃアングリマーラさんはまさか・・・」
「そのまさかじゃ!彼はそれを悪いことと知らずに実行してしまったんじゃ。」
「でもなんだか可哀相な気もするなあ・・・。」
「ではここで質問じゃ!」
「え~、さっきの答えもまだ聞いてないのに...。」
「悪いと知りつつ悪いことをする人間とアングリマーラのように悪いと知らずに悪いことをする人間、どちらが問題か?」
「①悪いと知りつつ悪いことをする者 ②悪いと知らずに悪いことをする者 ③どちらも同じ。
さあ、どれが一番問題か?」
「ブッブー!残念じゃのー。あのな、この世で一番怖いのは知らぬことなんじゃよ。悪いと気付いていながら悪事を働くものは、悪いことをしていると感じておるんじゃから善悪の判断は出来ておる。だから善悪の判断が出来ておらぬものよりは罪の意識を持っている分、救われる可能性が高い したがって①が正解じゃ!要するに善悪を正しく判断する心がなければいくら人が良いことを説いても信じぬし、人が無茶苦茶なことを言っても信じてしまうことになる。大切なのは自分自身の心構えだということじゃよだからこそ心を鍛えて真実を見抜く力が必要なのじゃ!」
「心を鍛えるかあ。そういえばダルマパーラン師匠もそんなこと言ってたなあ。 あ、でもお釈迦様の教えにうそはないんでしょ。 ならお釈迦様の言葉はそのまま信じて言う通りにすればいいんですよね。」
「うーん、その通りなんじゃがなあ・・・。」
「なんじゃがなあって...違うんですか?」
「ややこしい兄弟?」
「いや八に重なる腰と書くんじゃ。」
「ああ!八重腰=ヤエコシ!」
「いや八重腰と書いてヤヤコシと読むんじゃ!」
「つまり、ヤヤコシは名前で、ややこしい人達ではないんですね。」
うーん、ややこしい兄弟じゃなあ・・・
なんてややこしい話なんだ! えらいことになってきたなあ!
ああ、ヤヤコシや~!!