第5話 少年期(王子の生活)
王家にとって男の子が生まれたということは、王位を継承させるということです。
浄飯王も摩耶夫人も、それはそれはお喜びになり大切にシッダールタをお育てになられたことでしょう。
ところがシッダールタが生まれてから一週間後、ご誕生の喜びとは真逆の、大変悲しい出来事がありました。母の摩耶夫人がお亡くなりになったのです。
母親亡き後、シッダールタは摩耶夫人の妹に育てられることになります。シッダールタにとっては叔母さんにあたる人ですね。
将来、王位を継ぐ者として期待をされているシッダールタ。だからこそ摩耶夫人の妹も、実の母以上に愛情を注いでいたかもしれません。
そして王族として、それに相応しい文武両道の教育を身につけ、シャーキャ族の想いを一身に背負って、たくましく育っていかれます。また一族の寵愛をうけて何不自由のない生活もしてこられたことでしょう。
何不自由のない生活。
いったいどんな生活だったのでしょうね。欲しいものは何でも手に入るとか、したいことは何でも出来るといったことなのでしょうか。もちろんそういったこともあるでしょうが、経典には「シッダールタがいる庭の、そこかしこには色とりどりの蓮が植えられ、とても良いお香がシッダールタのためだけに焚かれ、白い傘蓋が強い日差しや露からシッダールタを守るために使われていたとされています。
もしわたし(皆さん)がシッダールタの立場であったら、いかがでしょうか。
まるでお殿様気分になっているかもしれませんね。
しかしシッダールタの心はどこか晴れないものがありました。
第6話 少年期(従兄弟ダイバダッタ)
王位継承者として大切に育てられたシッダールタではありましたが、心が晴れない日々を送っていました。
やがて年頃になると学校へ通うようになります。幼い頃より王族としての教育を受けている彼の才能は周囲を驚かせるほどであったと伝えられています。
彼にはダイバダッタという従兄弟がいました。彼もまたシッダールタと肩を並べるくらい成績が良かったようです。
しかしダイバダッタは少々ヤンチャな気質をもっていました。
ある時彼らが森の中を歩いていると白い鳥が飛んできました。それを見たダイバダッタは矢で鳥を射ち落としました。
一方シッダールタは落ちてきた鳥を抱きかかえて、矢を抜いて命を助けたといいます。
殺そうとしたダイバダッタと助けようとしたシッダールタ。
彼らは従兄弟同士でありながら対照的な性格でありました。
ダイバダッタはシッダールタに言いました。
「その鳥はわたしが射ち落としたものだからわたしによこせ」
それに対してシッダールタは、
「射ち落としたこの鳥が死んでいるのなら、それは君のものかもしれない。しかしこの鳥はまだ生きている。命を救ったのはわたしなのだから、この鳥はわたしのものである」と主張します。
この言い争いは、ついに法廷にまで持ち込まれ、決着をつけることになりました。
結局法廷では、
「生きものにとって最も大事なのは命である。王子(シッダールタ)はその命をお救いになり、鳥は王子によって命を救われたのですから、鳥は王子のものでございます」との結論に至りました。
シッダールタと対照的なダイバダッタについて、この後もたびたび釈尊と対立する場面が経典にみられます。これについては後述することにいたしましょう。
生まれて間もなく実母と死別しいるシッダールタにとって、父である浄飯王は息子に寂しい思いをさせたくないというはからいで、「死」を連想させるような環境を禁止していましたが、生きものがこの地上に生きている以上、死もまた避けられないものであります。
そういったことに敏感に反応する年頃でもあり、心を閉ざす日々は続きます。
第7話 少年期(心を閉ざす日々)
シッダールタは文武両道の教育を受けるとともに、あらゆる娯楽、衣装、食べ物を与えられ、そして三つも宮殿をもち、女性に囲まれた生活を送り、贅を尽くした日々を送っていました。
これは単に王族であるということだけでなく、父浄飯王にある心配があったからです。
父王の不安は、まだ赤ん坊であったシッダールタを見たアシタという仙人が、次のように言ったことに由来しています。
「このお子さまは、やがて王位につかれたら、世界を支配する偉大な王となられるでしょう。もし出家なされば、衆生を救う仏となられるでしょう」
こう予言したのです。
父浄飯王にしてみれば、出家されては困るわけで、唯一無二の世継ぎですから何が何でも王位を継承してほしい、そういう思いがあったのです。
私たちからすれば、王族として将来を約束され、これほどまでに安定した生活に、これ以上何を望むことがあるでしょうか。
しかしシッダールタの心に満足はなく、瞑想にふける日も多かったといいます。不自由のない生活の中にいて、彼の求めるものは快適さや便利さではなく、もっと別の何かだったのかもしれません。
当時ある時期になりますと、鋤入祭というのが行われていました。このお祭りは、神々に豊作を祈る儀式で、作物のみのりを得るための大切なものでした。国王である浄飯王自らが鋤を持って畑を耕すくらいですから、とても重要な儀式なのです。
これに参加していたシッダールタ。土が耕される様子をジッと見ています。土を掘り起こすと、土の中から虫が出てきました。やがてその虫は小鳥に捕らえられ空に飛び立っていきました。すると今度は空高く飛んでいた鷹が、小鳥を捕まえにいきます。
シッダールタは思います。
土を掘り起こさなかったら、虫は出てこなかったであろう。しかしこれは人間の、豊作を祈る大切な儀式で、みのりを得て生きていくためのもの。
小鳥が虫を見つけなければ、虫は殺されずにすんだであろう。しかし小鳥は生きていくために必要なエサを求めただけの、ごく自然なこと。
さらに鷹が飛んでいなければ、その小鳥もまた命が助かったかもしれない。
それぞれが、生きるために必要な行為をしているだけのことなのですが、「生きるために殺す」という自然の摂理は、王子シッダールタにとってショッキングな出来事だったことでしょう。
王子に世の苦しみを見せず、栄耀栄華の環境の中に育てたいという父王の思いは、計画通りにいきそうにはありませんでした。
こうして少年期を過ごしたシッダールタですが、やがて成長し一人前の青年となっていくのでした。